候補乱立の首長選と投票率

各地の首長選で候補乱立ともいえる状態が続いています。

 

昨年11月の市川(千葉県)市長選では5人が立候補し、結局、誰もが法定得票数(有効投票数の4分の1)を獲得できず、再選挙が行われますが、その日程も決まらず(11月の投票結果に対する異議申立の結論が出ないため、日程が決められない)、市政の混乱が続いています。

 

他にも、昨年1月の西之表市(鹿児島県)で6人が立候補し、同じく法定得票数を獲得できず、3月に再選挙となり、その時は候補者が4人となって、ようやく市長が決まりました。

 

もちろん、東京都知事選(小池知事が当選した選挙)には21人もが立候補したのですから、候補者の数からすれば、これらの比ではありません。

 

今度は、1月28日の岐阜市長選には7人が立候補します。こちらも再選挙の可能性が既に取り沙汰されています。

 

では、市川市長選を見たとき、その投票率(11月)はどうだったでしょう。投票率は30.76%だったとされています。つまり、3人に1人しか投票していないのです。投票率が下がれば法定得票数も下がるわけで、そのような中にあっても有効投票数の4分の1ですから、わずか7.69%の得票すら得られなかったということだったわけです。これで有権者の信任が得られたというのもある種、不合理かも知れませんが、ルールですし、例えば法定得票数のハードルを引き上げれば再選挙の連鎖に繋がることになって、選挙費用の無駄(市川市長選では1億円とも言われています)が生じ、候補者にとっても再選挙の度に選挙費用がかさんで、お金のある人しか立候補できなくなってしまいます。

 

さて、彦根市ではこれまで最大何人が立候補したのかと調べてみましたところ、平成21年4月の選挙に5人が立候補したことがあります。このときの数字を見ますと、当選した獅山市長(当時)は投票総数の25.26%(有効投票数に対してではありませんので、正確にはもう少し高いはずです)の得票で再選され、次点の大久保候補(現市長)との得票差は39票と、本当に僅差だったわけです。この時の投票率は44.89%で、その前の市長選(平成17年)の47.19%よりも下がっています。候補者が多ければ投票率が上昇するというものでもなさそうです。

 

選挙費用は民主主義の経費とも言われますが、それは多くの有権者の投票行動があって言えることで、低投票率であれば、その言葉も空虚に聞こえます。

 

有権者の1票1票の積み重ねが当選した候補の力になるのです。特に議員選にあってはその現職候補が議会でどのような活躍をしたのか、新人候補であればその訴えが市民のための方針なのかを見極める必要があると思います。

 

議会は二元代表制の象徴であり、行政へのチェック機関としての役割を担っているのです。その判断指標は議会での発言であり、そしてその発言の中身だと思います。http://www.city.hikone.shiga.jp/category/9-22-17-0-0.html

 

録画配信や会議録で発言を確認して、有権者としての判断材料としていただきたいと思います。

 

 

 

 

 


アメリカ政府機関の一時閉鎖危機を考える

アメリカの政府機関が一時閉鎖の危機にあると報道されています。これは、現在のアメリカ政府の予算が正式に年度全体の期間のものが承認されておらず、1月20日までの暫定予算で運営されているからです。

 

与野党の勢力伯仲と同時に、大統領の政治姿勢の問題、あわせて共和党穏健派といわれる与党議員の慎重論が背景にあるからのようです。

 

さて、このことを我が国の地方自治体や自治会に置き換えて考えてみたいと思います。

 

身近な例として、自治会と子ども会の関係を考えます。かねてより、子ども会が自治会の予算の中から10万円の補助を受け、その10万円を大きな財源として事業を行っていたとします。しかし、自治会の中では子どもの減少によって6万円に減額すべきだとして、補助金支出を変更したとします。すると、子ども会では4万円の財源不足に陥り、事業の縮小を余儀なくされます。もちろん、自治会と子ども会の総会の時期との前後にも関係するのですが、前年どおりの予算で、それぞれが予算書を作ったとしてのことです。自治会はその予算を減額決定したなら、子ども会の予算に影響がでるということになるのです。

 

これは、地方自治体と広域行政組合との関係と同じ構図です。広域行政組合は、一部事務組合として、構成する自治体からの操出金で運営されているのが実状です。

 

構成する自治体と調整をして新年度に必要となる予算を決定して、各自治体の予算に(歳出を)組み入れた予算案を策定することになります。しかし、各自治体の予算は議会の議決を経なければ執行できません。つまり、先に書きました自治会と子ども会の関係のようなものです。

 

そこで、この広域行政組合の予算案は当然に事業執行のための予算ですから、事業計画に不満の自治体があって、その自治体からの広域行政組合に出向している議員が反対すれば、そもそも広域行政組合の予算は不成立になりますし、地方自治体の議会で広域行政組合への操出金予算を否決した場合も、広域行政組合は歳入欠陥を生じる結果となります。いずれにしても、どちらの議会が先に開かれることになっても、両方(広域行政組合と構成自治体1市4町)のすべての議会の議決という関門が控えているのです。

 

これから2〜3月の合計6議会の結果に大きく左右されることになります。そこへ、2月25日には愛荘町の町長選と町議会選が行われ、その選挙結果によっても、その影響が出てきます。

 

緊迫した各議会の状況になるのは必至ではないかと考えています。

 

 


第三者委員会

今治市の設置した「加計学園獣医学部設置に関する第三者委員会」で、結論が出たとの報道がありました。結論は多くの国民が予想したとおり、補助金の拠出や土地の無償譲渡は「問題がない」とのことでした。ただし、資料その他についての公開は一部に限定されているようです。

 

この問題は、ただ単に今治市だけの問題ではないはずです。今治市では、文部科学省が新設を認可したことなどに及ぶことはできませんが、多くの国民の耳目が集中している問題ですから、広く経過についてまで公開されても然るべきではないでしょうか。

 

まだ詳しくは報道されていない(あるいは報道しない)のかもしれませんが、手続き的に見れば、市民の代表である「議会が承認したから問題がない」とするものでしょう。そこには、今治市の経済状況などに由来する部分があるでしょうが、市の保有する土地を無償で民間企業(学校法人も企業と言ってもよいでしょう)に譲渡することが是か否かということになります。

 

手続き的には「議会が承認した」ということ、更には、その審議が尽くされたのかという点での疑問が残りますが、市民の意思が反映されているのならば、致し方のないところです。

 

大学を誘致することで、まちの活性化が図られるとする意見もあるでしょう。あるいは、経済に活力が出てくるという意見もあるでしょう。しかし、しばしばイベントなどでの「経済効果」が議論されるとき、1万人の来場者があって、1人あたり2万円の支出があったから、2億円の経済効果があるというように、「経済効果」を謳うことがあります。

 

この経済効果は、ある意味、来場者の財布から出て行ったお金ですから正しいでしょう。でも、議会や首長が考えるべきは「自治体としての経済効果」ではないでしょうか。自治体がそのイベントに1,000万円を拠出したとして、その1,000万円を直ちに回収できなくとも(リピーターの来場可能性も考えるべきです)、どれほど自治体に財政効果をもたらすか、ではないでしょうか。

 

先ほどの2億円の経済効果を例にあげれば、「税収」としての「効果」を考える必要があるのではないでしょうか。つまり、入場券が2,000円であったとして、その2,000円全部が自治体に入った(自治体主催事業として)とすれば、2,000万円が収入になります。そして1,000万円が事業費として使われるのですから、1,000万円が財政上、自治体に残り、更に民間事業者がイベント関連で収益を上げて、市民税をより多く納税してくれれば、1,000万円を拠出した意味があるでしょう。

 

しかし、1人あたり2万円の支出の中には、交通費が含まれていたりしていて、地元に落ちたものではないものも含まれているはずです。そして、以前にあるホテル経営者から聞いた話ですが、彦根市での一般的な宿泊単価を1万円以上と見積もった「経済効果」の数字を見たことがあるが、とてもそのような平均単価ではない、ということを聞きました。それほどに、「経済効果」と言う数字は当てにならないものかも知れません。

 

現実には、来場者が残したごみ処理費用、交通渋滞による地元経済へのマイナス効果など、引き算すべき「経済効果」もあるはずです。そこの収支バランスというものは予測が立てられないものです。

 

だから、何もしないことでよいのかと問われれば、答えに窮するのですが、本当に吟味がされているのかというところが大切です。

 

市民の貴重な税金を「使わせてもらう」という「財源への考え方」こそが、首長にも議会にも求められるのだと思います。

 

そういった意味から、分不相応なイベント開催、施設規模の吟味など、議会に求められる慎重な姿勢が大切なのではないでしょうか。

 

今、彦根市では市民生活に直結する新ごみ処理施設の問題を筆頭に、新市民体育センター問題、国体に関連する施策、更には彦根城の世界遺産登録問題など、様々なテーマが、彦根市の財政規模に相応しいものであるのかという部分で議論されています。もちろん、投資なくして見返りはありませんが、その結果が現れるのは数年先、十数年先のことでしょう。そこを予測できるのかどうかが大切です。

 

それを読み間違えたのが、夕張市だったことを忘れてはいけないと思います。

 

 

 


分断社会が作るもの

世界中に分断の波が押し寄せています。

 

先鞭をつけたのは米大統領でしょう。「AMERICA first」。その後に、都民ファーストという地方政党ができました。かつて「JAPAN as No.1」と言った政治家もいました。

 

そして強いリーダーシップを求める風潮が高まり、強権的な政治姿勢がもてはやされています。それは我が国の政治姿勢にも見られます。

 

強権的な姿勢には、何ごとがあっても恐れないというように見えますが、そうではありません。ウイークポイントを内包しているからこそ、強がって見せて、その問題に対する疑惑を取り上げさせないでおこうというものだと思います。それが森友問題であるのか、加計学園問題であるのかは分かりませんが、綻びはどこかにあるはずです。それに代わる問題として改憲を訴えているのかも知れません。この問題での野党の立ち位置には違いがあるからだと、私は見ています。

 

丁寧に、言葉を尽くして説明をし、理解が得られるステップを踏んでいるのであれば、問題はないはずです。そうではないからこそ、ではないでしょうか。

 

今年1年も、様々な問題が議会という場で取り上げられることでしょう。

 

一つひとつにしっかりとした理論的な説明を為政者が行ってこそ、強い政治が実を結ぶのでないでしょうか。

 

 


政治の方向性

あるべき地方自治体像について考えてみます。

 

地方自治体は4年に1度の首長選で首長が選ばれ、その後の4年間を託すことになっています。一方、行政を監視する意味で、議会が存在し、議員の選挙も4年に1度、行われます。更に、直接請求という住民が直接に意見表明の場も、地方自治法で認められています。これは議会制民主主義を否定するものではなく、議会の監視機能を補完するために存在します。

 

議員が常に市民の声に耳を傾けていて、その声の真意を汲み取っていれば、市民の声と議員の議会における賛否の意見表明に大きな齟齬は生じません。しかし、往々にしてそうではないことが想定されるからこそ直接請求という制度が生まれたのだと考えます。

 

行政システムにおける予算編成権は首長にあり、議会は提案された予算案について検証し、修正すべき点があれば修正案を提出し、その修正案について先議されることになっています。

 

例えば、地方自治体が土地を購入するとします。その議案は議会に提案されます。何しろ、土地を購入するための財源は、主として住民から納税される税金が原資だからです。彦根市でいえは、「市税」として徴収している税金には「市民税」「固定資産税」「都市計画税」「たばこ税」「入湯税」「軽自動車税」があります。それらに国県からの補助金や国からの地方交付税などを加えて、様々な事業に振り分けるのですが、土地の取得についても同様に、取得の必要性や利用目的について審査をし、議決するのです。当然、取得後も利用目的に合致しているのかを監視し続ける必要があるのは当然です。「買ってしまえば終わり」ではないのです。それは、住民が納めた税金を寝かせ続けることになるからに他なりません。

 

では、その土地を売却するときにはどうなのでしょう。多くの場合に、「寝かせ続けた税金」を「現金」として収納するのですから、安価に売却することが許されわけではありません。

 

ところが、「財産の交換、譲与、無償貸付け等に関する条例」というものがあり、本来は地方自治法で議会の議決が必要である交換・譲与・無償貸付けについて、議会の議決を要しないことができることになっています。

 

この条例の中に議会の議決不要となる条文があります。議会の議決が不要であるものの中に、他の地方公共団体に無償で貸し付ける場合が含まれているのです。つまり、県や他市町村に貸し付ける場合にも、議会の議決が不要になっているのです。

 

これって、おかしいと思いませんか。その土地は住民の税金で買ったものです。本来、住民のために使う土地だから、住民の税金で買ったはずです。それを無償で貸し付けることは、使用目的が決められた「行政財産」が「普通財産」になるからで、その無償貸付けの相手方についても「目的」をもって使用しようとしているのですから、本来的には相手方にとっては「行政財産」とすべきものです。そうであれば、売却するべきものではないでしょうか。

 

この議論、「条例があるから」議会の議決は不要だとすることは、住民の目線からすれば不可解です。それならば、条例を改正して、正々堂々と「無償で貸し付ける」ことの承認を得ればすむことです。そこを端折ってしまえるシステムこそが問題ではないでしょうか。

 

今や、地方自治体はどこもが財政的に厳しい局面に入っています。団塊の世代がリタイアし、少子化の影響と実質賃金の減少によって市税収入が減少局面に入ることは、誰しもが認める近未来の現実です。

 

そのような中で、気前よく、たとえ相手が県であっても「無償で貸し付ける」ことに違和感を感じなければならないのではないでしょうか。

 

常に当たり前の「おかしい」を声に出せる議会であってこそ、本来の監視機能が果たせるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 


新ごみ処理施設に関する疑問

彦根・愛知・犬上の広域ごみ処理施設について、昨年からの動きや報道を読み返しました。時系列で順を追ってみたいと思います。

 

まず、この計画自体は2001年から動き出しています。中島市長時代のことです。その過程でいくつかの候補地が上がっていました。しかし、いずれも地盤が軟弱であるという理由や地元や周辺の反対が出たため、断念。

 

そこで、2015年10月に交付金と補助金の「地域振興策」を示して公募(2016年7月まで)しました。これに応募したのが5自治会(彦根市内3箇所、愛荘町内2箇所)でした。もちろん、まず地元の同意が前提ですが、いくつかの応募地は地元の100%の同意があったわけではありませんでした。

 

地元の同意率を一覧すると、

応募地 。隠娃亜

応募地◆。牽検ィ粥

応募地 93.5%

応募地ぁ。牽魁ィ后

応募地ァ。隠娃亜

と報告されています。これについては、地権者の数であるのか住民世帯数であるのか、もしくは人数であるのかは判然としません。

 

本来、「地元同意」というのには2つの意味があります。当然に用地を買収する必要がありますから、地権者が確定していて、買収に応じてくれるのかどうかという「地権者同意」と、住民としてその施設が来ることに対する「住民同意」の2つです。更に言うなら、地元自治会総会の議事録をもとに、上記の数字を算出したとあり、その計算式も示されています。そこでは委任状出席も「賛成」にカウントされています。備考には「各自治会の総会における全出席議決権数のうち賛同者の割合」としているようです。しかし、地方自治法でいう「地縁団体(法人格のある自治会)」でしばしば議論されているのが、この「議決権数」なのです。

 

一般的に自治会の会費(町費・区費)は世帯単位で集金します。つまり、1人世帯でも5人世帯でも同額であるのが普通です。ところが、法人格のない自治会を法人格のある「地縁団体」に再結成する場合には、「個人」が構成員となるように指導されています。そこで、この「賛同者」がどのようにカウントされたのかも問題になります。もちろん、「委任状」出席者の意図が「本当に賛成」であるのかどうかという問題とともに、この人数(個人の資格)の問題も残っています。

 

このような事業において「地権者」の同意が必要であることは言うまでもありませんが、こちらもどうなのでしょう。

 

そこで、80%余りの「地元同意」でも「了」として5箇所が選定委員会の審査にかけられました。選定委員会は2014年12月から始まり、第10回(2016年9月)からは応募地5箇所の評価に入りました。現地視察などを経て、第15回(2017年2月13日)に選定結果をまとめた報告書が完成しました。

 

この選定のプロセスについては疑問点もたくさんありますが、その点についてはこれまでの記事に書いていますのでそちらをご覧下さい。

 

報告書では、結局、応募地△鬘碓漫応募地い鬘屋漫△修靴同募地,錬軌未世班床舛靴燭里任后

 

この報告書を受けて、広域行政組合の管理者会議(1市4町の首長に彦根市副市長を加えた6名)で、選定に入りました。第1回(2017年2月15日)から意見が交換されたのですが、意見集約ができずに、第6回(2017年5月23日)を迎えました。それまで、市長は彦根市原町(応募地ァ砲鮨篩Δ径海韻討たのですが、それについて多数の賛同が得られず、「管理者が決定すればよい」との意見に押され、第7回(2017年6月19日)を迎えます。

 

5月23日の管理者会議のあと、原町自治会などが副市長を訪れ、「候補地の決定がどのようになるのか」という文書を求めたというのです。これに対して副市長は微妙な表現ながらも、原町に決定することを示唆し、事後の準備をするように、と読める文書を手渡したのです。これが副市長辞職騒動(6月26日)の発端になったことは否定できません。

 

6月30日。市長はおおかたの予想とは違い、愛荘町竹原を候補地とする決定を公表しました。

 

8月28日には原町自治会などから広域行政組合に対して、新ごみ処理施設の設置位置を定め、または変更する場合には議会の議決が必要」とする条例変更の請願書が提出されました。

 

これを受けて、8月30日に開催された広域行政組合議会ではこの請願が採択され、その後、条例の一部改正が行われ、可決しました。改正条例では、「新ごみ処理施設の設置位置を定め、または変更する場合には議会の議決が必要」であることになったのです。こうなれば、管理者会議だけで進められたことが、そうは行かなくなったことになります。

 

その後、市議会に対して、原町自治会などから「広域行政組合に対して(ごみ処理施設について)慎重にするよう」求める意見書提出の請願が提出され、9月定例会でこの請願は全会一致で採択され、同趣旨での意見書も全会一致で採択されました。

 

ところが、12月定例会において、O議員から8月末に国土地理院から候補地周辺に新たな活断層が存在することが公表されたと示して、問題になりました。つまり、選定委員会が選定した段階では、この活断層は知られていなかったわけで、この公表は選定の根拠が崩れるというものです。

 

 

20180107002

 

 

上の図の「常安寺断層(右側の点線)」は従来から知られていた活断層ですが、左の点線の活断層は8月に公表されたものです。しかも、この2つの活断層は地図の「岩倉」あたりで合流していますので、相互に作用する可能性があって、その動きは予測不能と言わざるを得ません。果たしてこのような場所に施設を作ることに妥当性があるのでしょうか。

 

一方で、広域行政組合では整備基本計画検討委員会が既に始動しています。候補地としての妥当性に「?」がつく中での検討は問題がありますが、一向に意に介さないで進められています。次回の委員会は1月29日に開かれますし、広域行政組合の議会も近く開かれます。

 

無神経に、そして遮二無二進もうとする姿勢は、庁舎耐震化工事で右往左往したことと同じではないでしょうか。

 

「一旦、立ち止まって」分析すべきことをしっかりと見直す必要があると思います。

 

 

 

 


箱根駅伝

お正月の恒例行事といえば、箱根駅伝です。そのメイン・スポンサーはサッポロビールです。

 

番組中に流されるCMに「大人エレベーター」というのがあります。今年は坂本龍一さんが登場。

 

その最後に出てくるキャプションが秀逸でした。

 

「丸くなるな ★星になれ」

 

人間、誰しも「大人」になれば、角が取れて、易きに流れてしまいます。しかし、議員というのは、行政のチェック機関として、「市民のために」働くのであれば、愚直と言われても正しいことを訴え続けなければならないと思っています。まさに、「丸くなるな」だと思います。

 

そして、5つの角のある「★」というのは、それよりも角が多ければ限りなく「●」に近づき、転がりやすくなってしまいます。角が少なければ、転がりにくくなってしまいます。

 

政治の世界は、結局は「数の力」によって決してしまうことになるので、「★」になっても抵抗できる限界はあります。しかし、その「抵抗」を示さず、大樹の陰に身を潜めてしまえば、たとえ少数勢力であったとしても、見ていて下さる市民の方の理解を得られるのではないでしょうか。

 

本質は「市民のための政治」であって、意見を表明しなかったり、多数に迎合してしまっては「問題点」を隠蔽してしまうことになってしまうと思います。

 

 


ごみ袋の値段

彦根市では、ごみ収集のコストをごみを出す市民に応分に負担してもらうため、有料のごみ袋を配布しています。多くの自治体で実施しています。ごみの減量をすれば、ごみ袋も少なくてすみますから、ごみの減量化を進める意味で有効な施策です。

 

9月定例会以降、彦根・愛知・犬上の広域行政組合が新設しようとしている新ごみ処理施設に関連して、質問された中で、広域行政組合の管理者である市長が下した候補地(広域行政組合の区域の最南端である愛荘町竹原)決定の判断に伴って、彦根市が負担することになる追加の運搬経費について、次のような答弁がありました。

 

彦根市内のごみをパッカー車で運ぶのには、現在(彦根市野瀬町の清掃センター)よりも遠くまで運ぶために、パッカー車の増備や燃料費、人件費として、「年間約1.5億円が必要になる」という見込でした。

 

このコストを、もしも「ごみ袋」の値上げで回収しようとすれば、幾らになるのかを試算してみました。

 

現在、ごみ袋は次のように作られ、販売されています。

 

燃やすごみ用 40L・30L・22L・12L、事業用(これには別に回収手数料(1枚300円)の証紙が必要)

容器・包装プラ用 40L・22L

埋立ごみ家庭用

の8種類があり、1枚(販売されている10枚セットではなく)あたりが6円〜13円(消費税別)です。

 

これらの平成28年度の総販売枚数は、8種類合計で862万枚余で、単純に世帯あたりで計算すれば1世帯あたり年間184枚使っていることになります。最も多く販売(使用)されている1枚11円(30L・消費税込で1袋10枚入り118円)で計算すれば、年間2,172円になります。月に200円弱ですから、それほど気にもならない金額かも知れません。

 

しかし、年間1.5億円を「値上げですべて賄う」ことにすれば、新ごみ処理施設開設時点では消費税が10%にはなっているでしょうし、コンビニ・スーパーなどでの販売手数料などを考慮すれば、1枚あたり、最低でも単純計算で22円以上(傾斜配分すれば更に高額になるでしょう)の値上げが必要になります。

 

つまり、22円×184枚=4,048円(年間)となり、月あたり350円以上になります。現状の2倍以上になることになります。万一、1.5億円を税金で賄うとすれば「個人的な負担」はありませんが、市の「施策」を年に1.5億円減らさなければ、収支バランスが取れません。

 

このことは、12月定例会でも取り上げました。

 

1.5億円で彦根市はどのような施策を行っているのか調べてみました。(一覧表は末尾)

 

例えば、年間22回発行されている「広報ひこね」の発行費の10年分に相当します。また、現在の「ごみ収集事業費」と同額程度ということになります。平成29年度に民間の保育所新設の補助をしますが、その補助金に相当する額です。

 

ごみ袋の値上げをしなければ、これらのどれかを削ることにも繋がります。

 

しかも、市のパッカー車での運搬費の増加だけが問題ではありません。個人的に「持ち込む」粗大ごみについても、東近江市まで約1.8kmという場所まで「自分で運ぶ」ことになるのです。これは、今後の高齢社会では、大きな問題として議論の対象になるでしょう。私は今、この場(12月定例会で取り上げましたが)で改めて問題提起しておきます。

 

市民の負担(「個人的な負担」であるか、「財政的な負担」であるかを問わない)を考えずに候補地の決定をしたのであれば、市長の市民への背信ではないでしょうか。

 

広域行政組合管理者として、候補地を決定した市長は、そこまでの計算・予測・検討をして、愛荘町竹原を候補地にしたのでしょうか。政治は緻密でなければなりません。そして、その根底にあるのは、「市民のための政治」です。税金で施策を賄っている以上、「市民のためになるのかどうか」が絶対的な尺度であるはずです。

 

ただ、そこでは担当の副市長との協議すらなかったのではないかと受け止めざるを得ない説明しかありませんでした。そうでなければ、副市長が辞表を提出(後日、撤回)するはずはありません。

 

市長の説明責任は、「担当者」ではなく、「市長自ら」に求められるのではないでしょうか。これこそが、「民衆の敵」が視聴者に訴えたかったことかも知れません(本日別稿「歳末のテレビから見えた日本人の物忘れ」をご覧下さい)。

 

議会は「議会報告会」を開催して、市民に施策の説明をしています。しかし、そこで市民に説明できることは、議会で取り上げられ、公式に発言された内容に限られます。議会での発言がなかったならば、市民に説明することもできません。

 

もしも、このブログを市職員の誰かがご覧になっているなら、是非ともこの問題への対応を即座にして貰わなけれなりません。副市長以下職員は市長に任命されてはいます(副市長・教育長などは議会承認案件です)が、「市民のため」に仕事をしているはずです。「市長のために」仕事をしているのではないはずです。

 

戦前、美濃部達吉などの憲法学者たちが「天皇機関説」を唱えました。当時の主権者に関わる議論です。天皇は「単なる」政治上の機関(立場)であるというもので、「誰のために」天皇が存在するのかという、当時の「不敬罪」相当の学説ですが、このことを思い返し、「本当に市民のためになるのかどうか」を旨として行政施策に取り組んでいただきたいと思います。

 

 

20180102002

 

 

 

 

 

 

         

 


歳末のテレビから見えた日本人の物忘れ

歳末恒例の番組といえば、「紅白歌合戦」。その最後の場面。会場の客席の紅白の札をカウントしていたのは、麻布大学獣医学部の学生。

 

そう、加計学園問題で取り上げられた獣医学部の学生でした。加計学園の募集定員が多いとかどうとか、話題になりました。ご記憶でしょう。

 

すると、12月29日に毎日新聞電子版で「加計、新設条件満たさず 複数委員が認識」という記事が配信されました。https://mainichi.jp/articles/20171229/k00/00m/040/153000c

 

つまり、「今になって」このような情報が流れてくるのです。しかも、文科大臣から設置認可が出てから、のタイミングでです。どうやら、日本人はひとつの「結論」が出てしまうと、大きな問題だとされていて「前提条件」が崩れてしまうような問題が見つかっても、「忘れたこと」にしてしまうのではないでしょうか。

 

70年以上前の戦争の最中に起こった悲しい事件でさえも、いまだに論争を挑み、モニュメントで揉めるようにしている国民・政府があることと比べれば、原爆が投下されたり、沖縄での戦禍を「忘れてしまおう」とする国民性の違いがあるようにすら思います。

 

いま、彦根市でも同じような状況が生まれつつあります。

 

新ごみ処理施設設置問題です。これも、手順に「おかしな」、そう、加計学園問題と同じように、説明のつかない問題を議会で提起している議員がいても、理事者側が「議会さえ乗り越えれば」というような意識で、説明責任を果たさなくても、前に進もうとしているのです。まるで「丁寧に説明する」と言いながら、全く説明をしない「国会の状況」と同じようなものです。そして、市民は次の段階に進んでしまえば、計算機の「CA」と同じように、「ご破算」にして仕舞いがちです。

 

議員の追及の手が緩いとの反省が必要かもしれませんが、議会での発言には時間制限もありますし、日々新しい情報も入ってきます。「議会での正式な発言」には、「事前準備」と「発言通告」という手順が必要ですし、「会期」という制約もあります。

 

そうであれば、理事者側の「真摯な態度」がなければなりませんが、物事を進めたい理事者側と食い止めたい議員側とでは立ち位置が違いますから、折り合いのつけようがありません。

 

「市民の幸福」を願うのか、「行政トップの思惑」で政治を進めてもよいのか、という究極の二者択一の世界です。そこには、「真実を語る」という担保があってはじめて成り立つものです。

 

12月定例会で傍聴席から「嘘を言うな」というヤジがありました。理事者側の答弁が「嘘」だというのでしょう。「真実」は議員が質問した内容の「その場にいた人物」にしか分からないことです。どちらかが「嘘」を言わなければ、「事実」の認識に違いが出ることはありません。

 

年末に終了しました「民衆の敵」という番組がありました。視聴率は低迷し、決して番組そのものの評価は高くありませんでしたが、「ニューポート計画」の裏に「ごみ処理場」問題があった(詳しく見ていませんので、不正確かも知れません)というもので、そこに「隠された利権」があるとかないとか...。

 

番組の最後には篠原涼子演ずる市長が、「市民報告会」を議場で開催し、立ち見(場面では「床にも多くの市民がすわっていました」)が出るほどに「市民の関心が高まった」という設定でした。

 

「本当の市民のための政治」というものが何であるのかということをしっかりと考え、行動すべきだとの警鐘が鳴らされたのではないでしょうか。

 

 

 


謹賀新年

あけましておめでとうございます。

 

1年365日を「平成」で呼ぶ最後の年となりました。

 

 

20180101001

 

 

夕方から多賀大社への初詣にでかけました。参詣者の芳名帳には、東北楽天ゴールデンイーグルスの則本投手の名前もありました。生まれ故郷(犬上郡多賀町)への思いを見ることができました。

 

昨年は、彦根市出身者では陸上の桐生選手、水泳の大橋選手と、スポーツ面で活躍された人たちが続き、スポーツの持つ力を実感しました。特に桐生選手は大晦日のテレビに登場したり、画面上で「彦根」あるいは「滋賀県」の出身という表現はないにせよ、市民の心の満足感は満たされたと思いました。

 

今年1年も、「市民のための政治」を目指して、「志を高く 政治をあきらめない」をモットーに頑張り続けます。

 

 

 

 



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