世界遺産(続き)

世界遺産に登録された「富岡製糸場」。登録された2015年には133万人の見学者があったとのことでした。しかし、翌年から見学者は減少し、今年は今のところ60万人程度と一向に上向きにはならないようです。

 

そのこともあって、施設の改修をする為の資金(10年間で100億円)の調達に富岡市では悩んでいるそうです。そして、西置繭所の2階をホテルに改造する計画を進めようとしたところ、ユネスコから「待った」がかかったとのことです。つまり、世界遺産の登録抹消の可能性です。

 

そして、話はウイーンへと飛びます。ウイーン(歴史地区)は古い町並みのある地域全体が世界遺産に登録されています。しかし、市当局では「住みやすい町」を目指して、この地域での建築制限を撤廃する条例を議会が議決したそうです。つまり、「世界遺産登録抹消」をも考えているということです。

 

「ウイーンはウイーンであって、『世界遺産』のウイーン」ではなくても観光客は来るし、多分、高層のビルが建てられることになり、世界遺産から外れることになるでしょう。そこには、世界遺産の「保護」と「活用」のバランスの問題があるのです。ウイーン市の都市計画担当者の「登録抹消されてもよい。ウイーンは世界で最も美しい街の一つであり、ウイーンは博物館ではない。人々が働いたり暮らしたりしている今も生きた街。開発と保護のバランスを考える必要がある」というのが印象的でした。

 

最後は、世界遺産登録抹消で有名なドレスデンが紹介されました。言うまでもなく、ドレスデンはエルベ渓谷の風景が世界遺産に該当するとのことで、2004年に登録されました。しかし、市内の交通渋滞緩和のために、エルベ川に橋を架けることを市民は選択し、実際、架橋をしたのです。

 

その架橋によって、「普遍的な景観」が壊されたとして、ユネスコは世界遺産の登録を抹消しました。市民は「世界遺産」よりも「普段の生活の利便」を選択したのです。

 

さて、ここまで書いたことは「世界遺産登録」と「市民生活」の二者択一であるかの如き「世界遺産」のあり方について考えるのか、「世界遺産」は結果であって、ユネスコが単に普遍的価値を認定しただけのシステムと捉えるのかの違いです。

 

いや、それよりも前に、市民が「世界遺産」というものをどれだけ認識しているのかをしっかりと押さえておく必要があるのではないでしょうか。彦根城が世界遺産に暫定登録されて25年。既に四半世紀が経過したのです。市民が彦根城に誇りを感じ、市民の誰に聞いても彦根城のこと、城下町のこと、そして最も激動した幕末の彦根、幕末の彦根の庶民のことを語ることができてこその「世界遺産」ではないでしょうか。

 

ただ単に、「世界遺産」であるというレーベルが欲しいだけの運動であっては、非常に薄っぺらいものでしかないでしょう。

 

いみじくもインタビューを受けたドレスデン市民の「大切なのはこの街に住む人の生活。古さと新しさが共存するこの街を私は愛している」という考え方は、自分たちの「街への誇り」を言い換えたものだと思います。

 

そういう彦根市民が増え、そいうい誇りづくりこそが「世界遺産」への第一歩ではないでしょうか。

 

 

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世界遺産

10月4日のNHKおはよう日本7時台で、「世界遺産」について特集していました。詳細は録画をしましたので、今夜、じっくりと書いてみたいと思いますが、取り敢えず、要約してみます。

 

舞台は富岡製糸場(群馬県富岡市)、ウイーン(オーストリア)、そしてドレスデン(ドイツ)です。

 

私は、今年6月定例会で「彦根城下町遺跡は誰のための施策か」を取り上げました。その中で、「彦根城下町遺跡の認定」が市民の暮らしにどのような影響を及ぼす可能性があるのかについて質問いたしました。

 

富岡では登録当初は一気に観光客が増加しましたが、翌年からは一気に下降。整備費に関する財源問題と、観光客誘客のための世界遺産活用が取り上げられ、施設を活用したホテル計画がユネスコの世界遺産の指針に触れる可能性のあることが報告されました。

 

そして、それと同じように、ウイーンでも地区内に高層マンション計画が行われていて、すでに建築規制変更の条例が可決済で、方向性としては登録抹消も視界に入っているように思いました。

 

最後に、ドレスデンです。エルベ渓谷に橋が架けられ、そのことによって登録抹消された事実が報じられました。架橋によって市民生活が便利になることを、世界遺産の維持よりも優先したとのことでした。

 

今日から3日間は決算委員会です。今日の審議の後、世界遺産について考えたいと思います。


暮らしと観光

地元紙に「410年祭 入山目標90万人『到達遠い』」という記事が掲載されました。

 

記事によると、10年前の400年祭の彦根城への年度入山目標は85万人で、410年祭の年度目標は90万人とされていました。これは、議会での議論の中で、「直虎」が大河ドラマで取り上げられていることも考慮すれば、目標自体が低すぎるという意見も出ました。

 

私も、一昨年6月定例会での「彦根城外堀土塁は世界遺産登録に繋がるか」の質問に際して、NHKの「ブラタモリ」の誘致を提案いたしました。この番組の視聴率(直接視聴率)は10%を超えていて、再放送や録画・オンデマンドを考慮すればかなりの数字のはずです。

 

一方、世界遺産登録に関連していえば、参考になる考え方が、山口県萩市にあります。萩市には「まちじゅう博物館構想」というものがあり、「古地図で歩ける町」を標榜しています。つまり、彦根市で「御城下惣絵図」の区域を「彦根城下町遺跡」として埋蔵文化財包蔵地としたように、そして宗像神社沖ノ島が8件すべてが世界遺産登録されたように、世界遺産登録を目標とするなら、もっともっと取るべき施策はあるはずです。

 

私はこのようにして様々な提案をしているにもかかわらず、積極的な動きを見せることのない現状を嘆かずにはいられません。

 

ハコモノには異常なほどの積極性を見せる今、「文化の香り高い町」の王道を歩く必要があるのではないでしょうか。「文化」とは、そこで暮らす人たちの「安心できる毎日」があってはじめて成り立つものではないでしょうか。

 

 

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梅林

3月19日。彦根城の梅林へ出かけました。

 

 

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午後5時から開放され、園内にはキッチンカーも待機しています。

 

 

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梅はまだ3分咲き程度ですが、多くの市民や観光客が訪れていました。

 

 

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この梅林は昭和25年に米蔵跡に植えられたもので、65年以上が経っています。

 

 

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自動点火式のランタンの貸し出しもされていて、暗くなっても明かりは確保されています。

 

 

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外国人の方の姿も見かけました。

 

 

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築城410年祭の一環です。数多くの皆さんのお越しお待ちしています。

 

 


彦根の魅力

1月22日に切通口御門の現地説明会に稿でお知らせしました文化財と観光を融合させたプランを発表いたします。

 

これは、既にまち遺産ネットの皆さんが進められ、また文化財部でも実施されたものの焼き直しではありますが、目的と実施趣旨を説明したいと思います。

 

12月定例会での質問に対する答弁で、彦根への観光客はあらゆる年代において満遍なくお越しいただいているとのことでした。

 

そのように受け止めると、定年を過ぎて時間に余裕があり、歩くこともまだまだ苦痛ではない世代に向けて、「健康」と「歴史」をミックスした次の事業はいかがでしょう。

 

現在、外堀遺構がしっかりと残っているのは江戸城と彦根城ということですから、「Only One」としてPRできるのではないでしょうか。

 

 

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出発点は護国神社前です。ここから彦根キャッスル・リゾート&スパも裏側に回ります。

 

 

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左がホテルで右側の塀の先に切通口御門跡があります。

 

 

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そして、旧町名「水流町(みずながれまち)」を越えて、彦根商工会議所前に至ります。

 

 

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ここから、細いながらも外堀の痕跡を見ることができます。

 

 

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この後、土塁に到着します。2枚上の桜の後ろの小山も土塁の跡です。

 

 

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そして、銀座街の裏から本町交番に向かいます。

 

 

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この後は、かつては昭和新道(しょうわしんみち)と言われた外堀を埋めて道路になったところを歩きます。

 

 

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長曽根口も通ります。

 

 

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そして最後は松原近くまで歩き、旧港湾に沿って歩いて、出発点に戻ります。

 

 

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この外堀跡を紹介する立て札を設置して、観光客の誘客の装置にしてみてはどうでしょう。そして、継続的にこのツアーを実施することにしては如何でしょう。

 

彦根にしかないもの。「Only One」を活かしてこそ歴史の町・彦根をアピールできないでしょうか。

 

 

 

 

 


外堀跡発掘調査現地説明会(切通口御門跡)

1月22日午後。切通口御門跡の現地説明会に参加いたしました。

 

 

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100名を超える参加者の皆さんは、少し寒さの緩んだ現地にお集まりになりました。

 

文化財課の皆さんのご準備は、寒い中、大変だったと思います。同級生にも何人かと出会いました。

 

現地は、道路拡幅工事のために彦根市が買収した土地で、工事完了時点では歩道部分になる箇所です。

 

 

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江戸時代後期の御城下惣絵図には御門の絵がしっかりと描かれていて、以前からその場所は特定されていました。しかし、民有地だったために発掘もままならなかったのですが、今回、ようやく発掘ができたところです。

 

 

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この切通口という名前は、中山道から分かれる鳥居本宿の南にある「彦根道」が切通道とも言われたことから「切通口」と言われていました。この彦根道は国道8号の佐和山トンネル直上の山道で佐和山を越え、古沢町松縄手から旧柳町・彦根町を経由してこの御門跡に至る、城主の参勤交代のメインロードだったのです。つまり、「正門」とも言うべき入り口です。

 

彦根城には3つの堀があり、内堀・中堀・外堀の3つのうち、内堀と中堀はほとんどが残り、外堀だけは残念ながら戦後のマラリア対策などのために埋め立てられてしまいましたが、少しは残っています。

 

この遺構は、歩道の部分ですから、ここの歩道をスケルトンの道路として見ることができるようにしてはどうでしょう。現地での説明では、外堀の城門が残されているのは江戸城と彦根城だけのようですから、大きな歴史的遺産を広く国民に知っていただく意味でも、常に見えるようにしておくことも大切なのではないでしょうか。これこそが、文化財と観光の融合であり、御門の遺構という、他にないもの、つまり「Only One」ではないでしょうか。

 

このようにして410年前の築城から順次造営されてきた遺構を見るにつけ、当時どのようにして築城されたのか、そこでの暮らしはどのようであったのかと思わずにはいられません。

 

 

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如何にして彦根にしかないものをアピールするのかということを、是非とも実際の施策として実現させてもらいたいと思います。

 

他にもう一つのアイデアがありますが、それはしばらくしてから発表したいと思います。

 

そして、午後6時45分のNHKの近畿のニュースで報道されました。

 

 

 

 

 

 

 

 


国宝・彦根城の世界遺産登録

沖縄の「やんばる国立公園」を世界自然遺産に推薦する方向だとの報道がありました。

 

ここで、「世界遺産」について改めて考えたいと思います。

 

世界遺産登録のためには、まずユネスコの世界遺産センターの「暫定リスト」に登載される必要があります。その上で、センターが現地調査(イコモスが実施)を行い、ユネスコ世界遺産委員会で登録の可否を決定します。

 

彦根城は暫定リストに平成4年登録されています。ちなみに、現在暫定登録されているのは、以下のとおりです。

古都鎌倉の寺院・神社ほか(平成4年/平成25年辞退し、文化庁も推薦取り下げを決定)

彦根城(平成4年)

飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群(平成19年)

長崎の教会群とキリスト教関連遺産(平成19年)

北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群(平成21年)

宗像・沖ノ島と関連遺産群(平成21年)

金を中心とする佐渡金山の遺産群(平成22年)

百舌鳥・古市古墳群(平成22年)

 

そして、国立西洋美術館本館をはじめ、いくつかの文化遺産はどんどん先を越して登録されています。

 

さて、彦根城はといえば、すでに暫定登録から25年が経過しました。市役所前に「世界遺産登録を」と書いた看板が設置されていますが、一向に前向きな報告がありません。特に、担当の副市長を置いているにもかかわらず、です。

 

市長は4年前の市長選の際に、「世界遺産登録」を公約の一つに掲げていました。

 

しかし、平成27年10月18日の中日新聞には、「二兎を追う先は」と題して、「世界遺産登録」と「国体会場整備」とを並列して、問題を提起しています。そして記事の最後に識者から「(ドイツの)エルベ渓谷のように開発を理由として抹消された前例」を紹介し、別の識者からは「彦根城周辺ではこれまでも近くの都市計画道路が拡幅され、古民家が一部解体された。さらなる開発となれば、『これが城下町か』と国の不信感は増す。世界遺産と国体は二者択一ではないか」とすら発言されています。

 

本当に国体を成功させるのであれば、この「二者択一」を早期に表明しないことにはダメではないでしょうか。これは市長の「決断」にかかっています。

 

世界遺産に登録されることの是非は別として、東京五輪の会場問題同様に「時間のない」選択が求められています。

 

市長の決断の表明を早期に求めたいと思います。なにしろ、4年間の実績として「国体主会場誘致」を掲げたのですから。

 

 

 

 


彦根城外堀の正門は櫓門か

1月13日朝刊に以下の記事がアップされました。

http://www.kyoto-np.co.jp/shiga/article/20170112000169

 

相次ぐ発掘作業で、今や彦根は埋蔵文化財都市です。

 

1月22日に現地説明会が開かれます。詳しくは近日、彦根市HPに掲載されるでしょうが、多くの見学をお待ちしています。

 

 


山・鉾・屋台の世界無形文化遺産登録

11月30日に「山・鉾・屋台行事」が無形文化遺産として登録することが決定されました。まずもって、関係の自治体・団体・関係者にお祝い申し上げます。

 

翻って、国宝・彦根城の世界遺産登録は、依然として先の見えない状況です。

 

その一方で、国体の施設整備が「世界遺産登録」との関係で右往左往しているのも事実です。

 

ことの優先度というか、国体主会場の問題は年限が既に決まっているわけで、滋賀県との調整をはじめとして、まるで東京五輪の会場整備と同じように、時間的余裕がありません。

 

しっかりとしたリーダーシップでどうするのかを目に見える形で明らかにしていかないと、取り返しがつかなくなります。


小山評定

昨日、秋田県大仙市・栃木県小山市・千葉県船橋市への福祉病院教育常任委員会の視察を終えて帰りました。今日は溜まっている家事を片付けます。

 

さて、視察についての報告は各市ごとに纏めてみたいと思いますが、小山市役所に「小山評定」の石碑がありました。

 

 

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この石碑の意味するところは、徳川家康の会津攻めの途中、小山にいたとき、石田三成が兵を挙げたとのことで、そのことへの対処について評定したのが小山だっという内容です。そして、当然に関ヶ原の戦いにも参戦した井伊直政の名前も書かれています。

 

彦根に関わりのある2名の武将が、遠く栃木県の石碑に刻まれていることに驚いた次第です。

 

それと、リオ五輪の水泳・萩野公介選手が小山市の出身とのことで、31日に凱旋パレードが行われると告知されていました。

 

 

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彦根でも、11月3日のお城まつりに、リオ五輪の桐生選手がパレードに参加されます。

 

 



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