景気後退局面での政治の担うべき役割

アメリカの雇用統計が発表され、1930年代の世界恐慌時代に匹敵する可能性が示唆されています。「新たに失業保険を申請した件数が21日までの1週間で328万3千件に上った。前週より約12倍増と記録的な急増」としています。アメリカの雇用情勢がどのようなものであるのか不明ですし、この数字は「失業保険」に関するものですから、わが国で言うところの「フリーター」や「個人事業主(自営業者)」は含まれていないはずです。

 

わが国では、外出自粛や密閉空間・濃厚接触といった理由で、スポーツインストラクターなどが所属(いわゆる業務委託等による個人事業で、失業保険の対象とはなり得ない)している人たちがアメリカにもあるでしょうから、「実質的に」失業状態にある人たちは、より一層大きなボリュームになっているはずです。

 

「お肉券」や「お魚券」などという段階ではなく、「今日の食事」ができるのかどうかという瀬戸際の人たちがたくさんいるわけで、「高級和牛」などという言葉で、そういった人たちの日常とかけ離れた発想しかできない政治家は、本当に情けないことだと思います。

 

更に言うならば、過去に臨時特例給付金という制度がありました。このときも「現金給付」だったという記憶があります。その時も、彦根市では臨時の「室」を設置し、アルバイトを採用して対応したと記憶します。できりだけ制度をシンプルにして、「今日の食事」に困っている人たちの救済に対処すべきです。

 

高額所得者を除外すべきだという議論もあります。しかし、その数は全国民の1%にも満たないかも知れません。そうであるなら、わざわざ選別して、そしてそのためのコンピュータシステムの改修などをしている時間はないはずです。高額所得者も「食」は必須のことですから、そのような人たちには高級和牛でも高級魚でも買って貰えばよいだけです。

 

それと、「世帯単位」というのも理屈が合わないように思います。憲法には「国民は」という主語で始まる条文がいかに多いのかということを思い返すべきです。1人暮らしの世帯と、6人暮らしの世帯もが同一金額での給付にすることは、「国民」を「納税者」と置き換えるにしても、理屈は合いません。夫婦共働きであっても、専業主婦であっても「国民」であって、「納税者ではない専業主婦」と「共働きの配偶者」とを同列にする理由にはなりません。「納税」していない子どもであっても「国民」です。彼らも給付の対象とすべきではないでしょうか。

 

しばしば、「将来の納税者」と言って、長期公債の負担者として若年者に将来負担を求めているわけですし、高齢社会の社旗保証制度を担うのは彼ら若年者であるわけで、場面ごとに言葉の使い方を変えることは、声なき(有権者ではない)彼らをないがしろにしていることになると思います。

 

1億人に銀行振込をするとき、例えば550円の送金料が必要であるとしたら、それだけで550億円の国費が必要になります。「無料」とは言いませんが、それを如何に安価に抑えて、給付に回すお金を増やしていくのかと考えるべきです。まさに、「お肉券」や「お魚券」あるいは「商品券」を印刷し、その告知のためのチラシや申請書のための印刷・郵送費と、銀行振込の手数料との単純な比較作業ではないでしょうか。

 

声を出せない国民の気持ちを如何にして汲み取ることができるのかが、今の政治家に求められる感受性だと思います。

 

緊急対策が如何に緊急に実行されるのかに、地方議員として注視したいと思います。

 

 



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