新国立競技場の設計変更に「朝令暮改」との批判がありました。このタイミングで改めるのなら、なぜもっと早くに検討できなかったにかとの批判です。
今朝、新聞を見て驚きました。1紙にしか出ていなかったのですが、29日の彦根市長の定例記者会見で庁舎耐震問題で「増築意向」との記事がありました。
一部、抜粋します。「会見で市長は増築庁舎の規模や建設位置についての明言は避けたが、『付帯決議の内容を吟味し、職員の意見も聞いて然るべき時期に示す』とした。」
しかし、こうなるとどのようなことになるのでしょうか。
議会は平成24年9月(獅山市長時代)に、いわゆる獅山案ともいうべき「現行案」の実施設計予算を承認し、翌年5月に成果品が納品されました。成果品納品前の4月に市長選があって大久保市長が当選しました。
大久保市長は当選後、「一旦立ち止まって」(平成25年9月議会答弁)耐震工事について検討するとしました。
そして、平成26年5月に「彦根市庁舎耐震化整備検討委員会」を設置し、その検討委員会の結論に基づき「制震工法」で工事を行う方針を示しました。
平成26年12月議会で制震工法による実施設計予算を上程しましたが、同時に議会はワンストップサービス、ワンフロア化など5項目の付帯決議案を議決してこの予算を承認しました。
ところが、今年6月定例会で仮設庁舎の予算が上程された際に添付・説明のあった庁舎の設計図は付帯決議に考慮せずに仕上がったものでした。
そこで、議会は仮設庁舎予算を実質否決する修正案を提案し、12対11という僅差で修正案を可決し、仮設庁舎予算は否決されました。
今回、内容には言及していませんが、いずれにしても3度目の実施設計予算案が上程されることになるでしょう。市民の皆さん、このようなことが許されるのでしょうか。同じ事業に3度も市民の予算を使うことを平然と認めるのであれば、市の予算がどれだけあっても賄うことができません。
大久保市長は「彦根市の財政状況が危機的状態だから、費用をかけずに済む工事を」と言ってたのではありませんか。危機的状況という認識が間違いであったことは、6月議会の企画総務消防常任委員会で明らかになりましたが、たとえ危機的状況でないにしても、同じ事業に3度も予算を使うことは、議会がいろいろと難癖をつけるからとの言い訳をしたとしても、認められることではありませんし、市民も許さないでしょう。
8月3日の議会報告会で、市民の皆さんからどのようなご意見やご質問が飛び出すかは不明ですが、議会としての矜持をもって対応したいと思います。
- 2015.07.30 Thursday
- 雑感
- 14:16
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- by mariko
お隣の米原市の東端(本当はまだ先に一つ集落があって、岐阜県境ですが)には中山道に柏原という宿がありました。そこで、8月30日まで「集まれ! 歴史のヒーローたち」という企画展が開催されています。
このチラシから詳しいことは分からないのですが、昔の草子の展示のようです。 http://www.za.ztv.ne.jp/habiro/伊吹山の裾にある集落を一度尋ねてはいかがでしょう。
- 2015.07.29 Wednesday
- 文化財
- 13:36
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- by mariko
議会改革特別委員会が検討してきました議会改革行動の一つである「議会報告会」のポスターが市内各所に貼られています。
新人議員が一気に増え、彼らの活躍が期待されます。去る27日には広聴委員会が開催され、計4回の報告会の進め方などについて協議しました。
ご自分が投票した議員がどのような役割を6月議会で担ったのかを見る絶好の機会です。
既に、私の元には何人かの人から、報告会に参加して意見を言いたいとか、聞いてみたいという声が聞こえています。
市長も2年を経過して、3月定例会で「公約の50%くらいはできている」と、代表質問に答えていました。この議会報告会に市長が出席するわけではありませんが、その実感を市民が共有しているかどうかを、私たち議員も再確認しなければならないでしょう。
同じ27日には図書館協議会が初めて開催され、その会議に、8人の議員が傍聴しました。新人議員も何人か出席していました。しかし、3分の1の議員の出席を多いという訳にはいかないでしょう。市議会議員選挙で引退された議員は長年にわたって中央図書館についての質問を繰り返していました。そして、市長も公約の柱の一つに中央図書館の設置を掲げていました。
県内には積極的な取り組みをしている図書館もあります。東近江や愛荘などがその例です。特に、東近江は合併前の旧町図書館と旧八日市図書館の役割分担などにも注目しなければならないのではないでしょうか。
市長は就任後に「図書館に行ったことは少ない」と答弁していた記憶があります。それで、どうして図書館について語れるのでしょうか。ハコモノを作れば「行政の仕事はできた」とは言えないはずです。
佐賀県の武雄市の図書館が指定管理となって、TSUTAYAの運営に移管した評価も様々だと聞こえてきます。「文化」に関する施策というのはハードの部分よりもソフトの部分に負うところが重要なのです。
言うまでもなく、彦根市における文化プラザの指定管理問題(平成25年9月議会)も同様でした。市民からの4,025人からの署名が集まり、ソフトの部分における疑問があると、当時の指定管理者を維持するように求めました。この問題をより複雑にしたのは公募した指定管理予定企業への市役所職員の訪問行為があったのですが。
その文化プラザの現状はといえば、どうでしょう。どうも文化プラザが貸館に特化しているように思えてならないのです。市民憲章に「歴史と伝統をいかし、文化の香り高い町をつくる」ための拠点になっているのかが大きな疑問です。当時の指定管理者は、積極的に市民の文化を醸成する企画を継続していましたが、パッケージ物のコンサートなどに場所を提供しているに過ぎないと感じませんか。
文化プラザにしても図書館にしても、すべては市長の言う「定住人口増加」のための仕組みの一つなのです。そういった意味からも、是非とも議会報告会で率直な疑問を議員にぶつけていただきたいと思います。
と、同時に、議会がこれだけ頑張って市民の声を聞こうとしているのですから、「巡回市長室で市民の声を聞いている」というだけではなく、積極的に市民からの辛口の批判や意見を聞く姿勢を行政がもたなければならないのではないでしょうか。なにしろ、本会議では60分(答弁時間を含む)しか1人の議員には与えられていないのですから。
夏の間に9月議会への質問の整理をしておきたいと思っています。
- 2015.07.29 Wednesday
- 議会改革
- 08:34
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- by mariko
議会には、本会議・常任委員会・特別委員会のほかに、全員協議会や議案説明会という会議があります。
去る24日に、全員協議会が開催されました。
議案説明会は、かつては議会の前に理事者側が議案の概要を説明するために開かれるものです。以前は、各会派からの要請に応じて個別に説明していた(同じ説明をそれぞれにしなければならない)ものを、一堂に会して行うために、形が変化したものです。
一方、全員協議会は、単に理事者側からの説明会に過ぎず、本会議の前提とは限りません。しかし、市政運営のためには議会の議決が必要であるので、結局は議案説明会は必須となります。
24日の全員協議会では、例えば8月に臨時議会を開くための下準備のために開かれるのかと予想して、臨みましたが、そうではありませんでした。
しかも、市長の出席はありませんでした。
今、彦根市における最大の問題は市庁舎耐震化工事です。獅山市長時代に工事直前まで行っていたものが、市長が公約に掲げていなかったにもかかわらず方針転換をしたことが発端です。
あれから2年。無為な議論が続いています。その間に消費税の税率(5%→8%)が上がり、獅山市長当時の積算から確実に3%費用は増加し、更に東日本大震災復興と東京オリンピックの関係から資材・工賃か上昇しました。そのことによる費用増額の責任は、議論が止まったことによるものなのです。
消費税増税の際にどれだけの駆け込み需要があったでしょう。その結果、あらゆるものが値上がりし、それを「景気回復」と表現する政治家がいますが、彦根市庁舎耐震工事を考えたとき、そのツケは市民の負担になるのです。
その痛み、それは将来にも続く痛みなのですから、しっかりとした説明責任が果たされなければなりませんが、どうなのでしょう。
正論は常に批判の的に晒されます。
しかし、常に正論の中に正解はあるわけで、私は信念に従い、前進していきたいと思っています。
- 2015.07.26 Sunday
- 議会報告
- 17:02
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- by mariko
歴史手習塾で出てきた話を。
大石学先生から「役割」をテーマにして大河ドラマを構成したという話しをお聞きしました。
篤姫に、彼女の役割を語らせたというのです。そして、井伊直弼公にも役割を語らせたそうです。
篤姫は後日、天璋院となってから、父親から人にはそれぞれ生まれもった役割があり、その役割のために精一杯生きなければならないということで江戸城の無血開城の一翼を担ったというのです。
井伊直弼公も同様に篤姫から安政の大獄で多くの罪人を生んだことを非難されたとき、徳川幕府を守るためには仕方がなかったことであり、自らの役割、私利私欲なく大老という役目を果たしただけだ、と話させています。その結果、桜田門で殺されることを知っていたにもかかわらず、泰然と死地に赴いたとされています。
私も、市民のための議員として、常に私利私欲なく「何が市民のためになるのか」という視点で物事を計るべきかというスタンスで、与えられる課題に答えを出していかなければならないという信念で行きたいと思います。
私が6月定例会での補正予算に対する修正案への採決でも、「市民のため」「市庁舎で働く職員のため」、そして何より「市民の税金の使い方として、幾分の費用増加があったとしても、庁舎のあるべき姿」を思い描いて決断すべきであると考え、修正案に賛成するという態度決定をしたのです。
そして、私の周りには、私の決断を支えてくれる仲間がいます。人間、誰しも完璧な人間であることはできません。しかし、私の決断のために情報を寄せてくれる人たちの智慧を支えに、最終決断をするのは、私自身です。
後になって、辻真理子の1票で、よりよい庁舎になってよかった、と言ってもらえる信念ある行動を今後もとり続けたいと思います。
- 2015.07.21 Tuesday
- 雑感
- 08:17
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- by mariko
7月19日。清凉寺にて、歴史手習塾が開催されました。
大石学・東京学芸大学教授を講師に迎えての講義でした。
「勝者から敗者へ 徳川将軍家がたどった道」と題して、第1講の19日は「家康の天下統一」でした。
この中で、日本という国は江戸時代265年は国内での大乱も、(鎖国をしていましたからでもありますが)外国との戦争もない、平和な時代を送りました。
そして、武士であれ農民・町民であれ、許しがなければ仇討ちが許されず、武器の使用にも大きな制限があったということです。
いわば抑止力としての「刀」だったわけです。その意味では戦後70年の日本の歴史と相通ずるところがあったわけです。それを150年前に変えたのは明治維新であり、それに続く諸外国との戦いであったのです。
そのために多くの血を流したのは井伊家であり、その意味から「開国の元勲」と呼ばれたそうです。日本における「新時代」を築いた譜代筆頭ということです。
そして、250年余を経て、諸外国との開国を成し遂げたのも井伊家であり、そういう意味では日本の2度の開国の祖であるわけです。
第3回目の開国を担う人材を、この彦根から輩出する必要があるのですが、その時は「今」なのかどうかです。
- 2015.07.20 Monday
- 文化財
- 09:14
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- by mariko
- 2015.07.20 Monday
- 文化財
- 09:12
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- by mariko
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