彦根市立病院がんフォーラム「よくわかる肺がん」

夫の友人のブログに、「彦根市ってところは毎週毎週いろんなイベントがあるところですね」という書き込みがありました。夫の友人がいろいろなイベントに積極的に関わっている人なので、そのような印象を他の地域の方から受け取られるのでしょうが、確かに、特に秋はいろいろなイベントが目白押しです。

私は11月6日は、13日に控えた「子ども議会」のリハーサルに参加しておりましたので、がんフォーラムには参加できませんでしたが、当日の模様を夫がリポートしてくれましたので、聞いた内容をご紹介いたします。

会場はひこね市文化プラザのエコーホールです。この日は、文化プラザでは「福祉発!ひこねイキイキまつり〜みんなで知ろう彦根の福祉〜」も開催されていて、駐車場は約半分が埋まっていました。他にも、夕方からはキャンドルナイトが行われ、やはりイベント真っ盛り状態です。

さて、会場のエコーホールには、定員300人に約150人余の参加者。彦根市立病院がガン拠点病院に指定された昨年から始まったものですが、前回(昨年)の「大腸ガン」に続いて、今回は「肺がん」です。

赤松院長の挨拶の後、保健師・医師・認定看護師をはじめとした講師陣により、画像を用いた分かりやすい説明が「予防・検診」「診断」「外科的治療」「化学療法」「放射線治療」に分けて説明されました。

私が感ずるに、外科的な怪我などの回復具合というのは患者が実感できるものですが、内科的な病気については、例えば肺がんであればCTやレントゲン写真を通して、高血圧や糖尿病は血圧や血糖値を数値で知ることによらなければならないところが、外科的な怪我と大きく違うところだと思います。

怪我については、不慮の事故によるものがほとんどですから、「予防」ということは難しいのでしょうが、(内科的)病気についてはその多くが生活習慣病といわれるように、予防しうるものが多くあります。まさに肺がんはその一つと言えるものであろうかと思います。

医療費の増大が叫ばれている中、「予防・検診」によってできるだけ早期発見をして、軽症のうちに治療を開始することによって医療費を削減できるのではないかと考えます。重篤な症状になってからでは、本人の経済的あるいは時間的なロスに繋がり、結局は医療費の増大を招くことになります。患者本人の経済的な負担や仕事に及ぼす影響からくる生産性の低下など、損失は計り知れず、予防によってあらゆる面で大きな効果が期待できると考えます。

例えば、肺がんの手術・放射線治療・化学療法にはこの程度の費用と時間がかかりますと言われれば、たとえ高額医療費の還付制度があるとはいうものの、手術や治療をしなくても済んだことと比べれば大きな違いだと思います。

長年「予防医学」という言葉が使われてはいますが、どうやらそのような仕組みや意識が充分ではないように思います。

診療所や病院というところへはなかなか足が向かないという気持ちは分かりますが、自分のためだけではなく、社会の負担も考えて、予防・検診によって早期発見をし早期の治療開始を願いたいものです。 




平成22年度彦根・愛知・犬上市町議会議長会議員研修

11月5日午後、愛荘町役場愛知川庁舎で、彦根市議会と愛知郡・犬上郡4町の各議会の議員研修会が開催され、出席いたしました。


愛荘町役場愛知川庁舎2


今回のテーマは「住民とともに歩む議会改革 工夫を重ね一歩ずつ」と題して、京都府京丹後市議会の大同衛(だいどう・まもる)議員をお招きしての講演でした。

京丹後市は若狭湾最西部の旧峰山町・大宮町・網野町・丹後町・弥栄町・久美浜町の6町が合併して平成16年4月1日に成立した市で、501k屐■僑院ぃ娃娃或佑竜模です。2010年4月5日号の日経グローカルによれば、京丹後市は議会改革度全国1位の「AAA」と評価されています。彦根市は県内では上位に位置づけられていますが、まだまだ足りないと思っています。

事務所に帰って京丹後市の広報紙4月号を見ましたところ、市役所の課長補佐以上の役職者の氏名が明記されているなど、今日の研修にある「議会改革」だけではなく、市全体が意識が高いことが窺えました。

京丹後市では、市民全体の盛り上がりの中、議会改革が進んできたようです。


大同衛


私も常日頃から、議員は本来、何をすべきか、何を発信すべきか、だと思っています。議会に出席して発言することも大切ですが、「発言して、それで終わり」であってはならないと思います。自分が発言したことによって行われる施策をしっかりと見守る必要がありますし、その施策が誤った方向に動いているのであれば、それを正していく必要があると考えます。どうも、多くの議会では「言いっぱなし」で終わっている気がしてなりません。思いつきや、新聞・テレビなどで見聞きしたことを取り上げて、これ見よがしに質問してみたりするのを見ることがあります。そうではなく、我が町にとって「その施策は有効であるのかどうかを吟味」した上で発言し、その実績を見ていくべきだと思うのです。

多くの資料を頂戴して、今夜からじっくりと読み返してみようと思いますが、このことについては改めて「雑感」としてレポートしたいと思います。


受講する議員


常に緊張感のある議会(本会議であると委員会であるとを問わず)を目指して、議会改革に積極的に取り組みたいと思います。

     


 

小江戸彦根の城まつりパレード

午後からは城まつりパレードです。

城東小学校をスタート地点として、京町商店街・駅前商店街・いろは松・城内・夢京橋キャッスルロード・中央商店街・銀座商店街・登リ町商店街を経由して、城東小学校に戻る2時間の行列です。


パレード


海上自衛隊


高松


水戸


彦根お城大使


海上自衛隊舞鶴軍楽隊のブラスバンドを先頭に、高松・水戸・彦根の観光大使(それぞれ名前は違いますが)が後に続きます。彼女たちに続いて、河瀬中学校・高等学校のブラスバンド、旭森小学校ブラスバンド、城東小学校のブラスバンドが続きます。


河瀬


旭森


城東


続いては、彦根鉄砲隊が厳かに行進します。


鉄砲隊


その後を、私のいます市女笠列が進み、家臣の列が進みます。


市女傘列


武者列


いろは松を過ぎ、城内に入ると馬屋前に来賓席がしつらえてあり、田島代議士、県議、隣接町長などが並んでおられる前を通過して、彦根東高校で休憩となります。

休憩中に甲冑姿のお二人と撮影させていただきました。外国人の方もパチパチと写真を撮っておられました。


真理子市女笠と甲冑


先日、彦根商工会議所の副会頭に就任された木村泰造さんと撮影。観光協会副会長との二足のわらじ、ご苦労さまです。


真理子市女笠と泰造


午後2時を過ぎて、再び出発。多くの観光客や行進している中に家族がいる人たちの人波の中を京橋口から夢京橋キャッスルロードを進みます。


井伊直政


少し人波が途切れる本町を抜けて、中央商店街から銀座商店街へ。

今回は藤堂高虎の生誕地である甲良町在士からも参加があり、定住自立圏内の連携も少しは進んだのかと思います。


藤堂高虎


お天気が心配されましたが、無事に雨にも降られずに午後3時に城東小学校に帰り着きました。

子どもたちも多く参加するこの行列ですが、大変に多くの応募があるようです。衣裳の準備なども大変でしょうが、できれば多くの子どもたちに参加してもらえるような方法を考えてみるのも大切かと思います。

郷土に誇りを持ち続けるためにも。






 

井伊直政公顕彰式

夫が彦根市立病院に取材に行っている間に、私は「彦根初代藩主・井伊直政公顕彰式」に出席いたしました。


直政銅像


井伊直政公は1561(永禄4)年2月に遠州祝田で誕生し、来年(2011年)に生誕450年を迎えます。
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今川氏の家臣であった井伊直親の子として遠州井伊谷に生まれたのですが、元来井伊氏は遠江の国人領主であり、井伊直親は直政の生まれた翌年に謀反の嫌疑をかけられて今川氏真に謀殺された。謀反人の子として殺害されそうになったが、周囲の願いにより助命され、各地を転々として成長した。1575年、15歳になった直政は徳川家康と対面して家臣となり、取り立てられて井伊谷支配を家康より認められた。

本能寺の変後、家康が武田氏旧領の信濃・甲斐を手中に収めると、直政は武田家旧臣を多数与力に付属され、山県昌景の軍装を復活させ「井伊の赤備え」と称する精鋭部隊の将となった。

1584年の小牧・長久手の戦いで、初めて赤備えを率いて出陣。池田恒興を討ち、戦功を挙げた。豊臣秀吉にも高く評価され、徳川氏と豊臣氏の和解後、従五位下侍従に叙任された。

直政は新参ながら数々の戦功を評価され、1590年の関東入りに際しては上野国箕輪(群馬県高崎市)に家臣中第一位の12万石を与えられた。1598年には箕輪城を廃し、南の和田城を改修して高崎城とし、高崎に移る。

1600年の関ヶ原の戦いでは、関東から豊臣系武将を纏める軍監として西に向かい、また本戦においても家康の四男・松平忠吉(直税の娘婿)を補佐して西軍に一番槍を付ける戦功を立てた。この戦いで島津豊久を討ち取った。関ヶ原の戦いの戦後処理と江戸幕府の基礎固めにも奔走し、自らは石田三成の旧領佐和山18万石を与えられた。

しかし、1602年に、おそらくは過労と島津義弘軍の追撃において受けた鉄砲傷の破傷風が元で死去した。

(顕彰式次第から引用)
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顕彰式は市長の挨拶、商工会議所会頭の顕彰のことばがあり、彦根駅前広場は甲冑姿の鉄砲隊も多く見られ、盛り上がりを感じました。


市長挨拶


会頭顕彰のことば


鉄砲隊の演武に移り、閉式をいたしました。


鉄砲隊隊長


中沢県議と一志郎


鉄砲隊には中沢県議も参加されており、勇猛な赤備えの甲冑姿で午後からの城まつりパレードにも参加されました。


中沢県議


真理子と中沢県議鉄砲隊


現在の彦根の礎を築いた井伊直政公の顕彰は永く続けなければならないと思います。




 


彦根市立病院に芝桜

11月3日午前10時、私自身は井伊直政公顕彰式に出席しましたが、その同時刻に彦根市立病院では駐車場の隅の空き地に芝桜の定植が行われました。

この芝桜は彦根市民健康サポーターズ倶楽部が資金を出して、市立病院を美しい病院にしようとの趣旨で行われたものです。市民健康サポーターズ倶楽部の応援団を自認する私としてはお手伝いに行くべきでしたが、代わりに夫が写真取材をして参りました。


植え付け作業04 


場所は、市立病院の南東端にある小さな空き地です。ということで、用意された苗は300株。主導されている綿貫先生の目論みではかなりの範囲に植えられるだろうとのことでしたが、案に相違して、苗の入っていた箱には、20儡岾屬膿△┐襪伐屬咲いたときに一面を覆い尽くすでしょうとあり、幅12メートルほどの場所に植えれば、1列に60株必要ですから、5列しか植えられないことが判明しました。


植え付け作業02


看護師・助手の方々が5名と綿貫先生、それと病院の隣で長年お住まいの今井さんが作業をされました。


植え付け作業03


植え付け作業01


約1時間の作業で5列の芝桜の定植は終了しました。あと20倍ほどの苗がないとこの部分の空き地を芝桜で埋め尽くすことはできないことが判明。

作業をされた皆さま、ご苦労様でした。その後もフラワーポッドの土の入れ替え作業をするとのことでしたが、私をパレードの準備に送ってくれるために夫は失礼しました。

綺麗に並んだ芝桜が美しい絨毯のように咲いてくれることを願ってやみません。


芝桜001


病室で治療に励んでおられる患者さんたちを少しでも和ませることができれば、彦根市民健康サポーターズ倶楽部の励みにもなると思います。



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