近江環人・人財の森を近江から

2月19日夕方の滋賀県立大学のキャンパス。

そろそろ夕闇が迫ろうかという時刻に、県立大学のキャンパスに参りました。


滋賀県立大学


この日は同大学の教育プロク゜ラム「近江環人地域再生学座」の報告会が午後1時から開催され、その後、環境副大臣に就任した田島一成代議士が参加され、対談が行われました。


受付看板


教育プログラムの報告会は、まさに環境問題を中心としてそれぞれの学生や地域の人々の報告があったようですが、この対談は「人財の森を近江から」と題して、財(たから)の山であるこの近江の地をもっともっと掘り起こして、素晴らしい地域にしようとの発案だと感じて聞いていました。


開場の田島副大臣


人は役割を与えられて育つ、という私の信念と通ずる企画であったと感じました。


懇親会にて


対談の後は、副大臣を交えての交流会で、参加者がより地域に、より日本に活躍いだたけるような思いを育んでいただけたのなら、企画は成功したのだと思いました。

 

ガバナンス21行政視察

2月11日から13日、私の所属する会派「ガバナンス21」の行政視察に行って参りました。

行き先は沖縄。戦後長い間ご苦労いただいた沖縄県民のご苦労と現在を見ること。そして、音楽療法を行っている病院、更に、現在国会でも問題になっている辺野古への普天間基地移転問題をよりよく知るために現地を視察してきました。

今を去ること65年前。沖縄は焦土と化しました。いろいろな映像でも分かるように、火炎放射器を用いて、防空壕に火炎を浴びせる米兵戦士の映像は、見ているだけで背筋が凍り付くのですが、現地でその防空壕を見ると、写真のようにたて穴を掘ったものもあったようです。当然に中での生活というものは、とても人が人として暮らせるものでなかったであろうと想像することはたやすいことでした。


防空壕


平和祈年資料館2 


ひめゆり平和記念館を訪れ、現在の平和のために犠牲となった沖縄県民のご苦労を改めて知ることができました。

ひめゆり平和祈年資料館からほど近くに沖縄県平和祈年公園があり、その中に、「近江の塔」があり、そこには滋賀県出身者の戦没者の名前が刻まれた石碑もありました。遠く滋賀県から沖縄の地で無念の死を迎えた皆様のご冥福をお祈りいたしました。


近江の塔

近江の塔説明文


滋賀県出身者の石碑



町を走ると「辺野古への基地移転反対」の看板が貼られていました。


辺野古移転反対看板


沖縄の地で「もったいない」を見ました。嘉田由紀子滋賀県知事のスローガンでもある「もったいない」が、珊瑚を壊すことにひっかけて「ゴサン」としている表現でした。


翌12日には、うるま市にある医療法人和泉会のいずみ病院で行われている音楽療法の現場を視察いたしました。病院内部の撮影は厳禁とのことで写真のないのが残念です。彦根市立病院でも、私の知り合いの「Re:」のお二人が音楽療法による緩和ケア病棟での癒しをしておられるのですが、ここいずみ病院では蛇皮線を使って、沖縄民踊で機能回復を目指しておられました。機能回復を必要とする人にとっても、認知症の人にとっても、幼い頃から触れてきた音楽を耳にすると、自然に身体が反応するようでした。
そういえば、私のかつて習った音楽の先生が、病に倒れてからも、音楽が聞こえてくると、自然とタクトを振る仕種をされていました。しかも、リズム正しく。
このことを実感した音楽療法の効果だと思いました。

とても参考になる見学の機会を得ることができました。

患者の皆さんは、早く元気になって社会に復帰しようとしている人と、残念ながらご自分の最期のときを静香に迎えようとしている2つに別れるのだと思います。特に、彦根市立病院の緩和ケアは有名で、各地から琵琶湖を望める病棟に待機してまでも入院しておられると聞いています。

いずれの患者であったとしても、心の安寧の中で治療をし、静養をすることで、人が人らしく時を送っていくことが重要なのだと感じました。


最終日には、自民党政権が長い時間をかけて地ならしをした辺野古のキャンプシュワブ周辺を視察いたしました。推進派の事務所、反対派の座り込みのテントの双方を訪れ、住民の生の声を聞くことができました。


移転推進派との会談


移転反対派の方と


普天間基地で起きたヘリコプター墜落事故を受けて、余りにも街の中心にある普天間基地を別の場所に移転する必要性は当然としても、その背景にある経済効果の問題や雇用問題など、簡単に結論の出ない問題ではありますが、5月に結論を出すということを鳩山首相は何度も明言されています。

社民党と国民新党の意見の違いはありますが、沖縄県民だけではなく、日本の平和と安全という視点に重きを置いて、方向性を導き出してもらいたいと願っています。


米軍軍用機



嘉手納基地2


そんなに広くはないと思って訪れた沖縄でしたが、本島の半分以上を移動した3日間。

私の関わっている病院の問題と、国政にも絡む問題を一度に視察したことで、いささか心と身体に心地よい疲れを感じて、寒い湖国に戻ってきました。


千鳥ヶ丘自治会の講座2題

暫く更新していませんでした。

事務所の確定申告の準備に追われていました。

さて、千鳥ヶ丘自治会では、年度最後の事業として、3月6日と3月13日に2つの講座が開講されます。


人権研修会チラシ

こちらが、3月6日に行われる人権研修会です。

とかく人権というと、テーマが限られているようですが、今年度は障がい者福祉に長年携わっておられる、社会福祉法人ひかり福祉会の立岡晄さんにお越しいただき、陽の当たりにくい障がい者福祉について、現場での実践を通したお話をしていただくことになります。


次に3月13日には、第2回健康講座として、皮膚・排泄ケア認定看護師の彦根市立病院の北川智美さんに、「彦根市立病院出張講座」として「足の健康をもう一度、考えてみましょう」をテーマに行っていただきます。


第2回健康講座チラシ 


千鳥ヶ丘自治会には高齢者が多く、今後自治会内部では役員の人選などについての課題が議論されることになるのではないかと思いますが、それでも、健康を維持し続けられるための知識の習得は不可欠なことだと言えるでしょう。

それぞれの講座については、後日ご報告いたします。

佐和山学区人権教育推進協議会研修

2月7日朝から、佐和山学区人権教育推進協議会の研修のため、栗東市を訪問しました。

週末に降った雪が少しだけ残る彦根市でしたが、栗東に着くと、そこにも雪が少し残っていました。途中の近江八幡ではなかったのに。

ひだまりの家プレート


同和対策法が期限切れとなった現在、その最後とも言うべき事業として、浸水に苦しんでいた地区が「親水」の町へと変わった現在を研修いたしました。


ひだまりの家研修


「栗東市ひだまりの家」周辺は幅員6メートルの道路に整備され、それまでの苦難の歴史を知ることができました。


航空写真


拡幅された道路


ひだまりの家看板


約2時間の研修を終えて、午後、家路へと向かいました。


集合写真ひだまり


長い歴史の中での住民の方々のご苦労に触れる機会を頂戴いたしました。


彦根青年会議所公開例会

2月6日午後。彦根青年会議所の公開例会に参加いたしました。

場所は滋賀県立大学。

雪が横殴りで吹き続ける中、駐車場から会場までに、傘が吹き飛ばされそうになりました。


受付風景


受付を済ませると、会場内は通常例会の一部を行っているということで、開場は午後2時30分。

約300名の参加者で開会いたしました。



2月公開例会看板



開場後のアナウンスで、写真撮影・録音・録画は報道関係者以外は禁止とのこと。一部の方は写真を撮っておられましたが、どうなのでしょう。許される範囲で行動してこそ、市民の、ましてや、より一層規律の求められる議員のとる行動であるべきだと思います。国政レベルで様々なおカネにまつわる疑惑が追及され、範疇は違うかも知れませんが、考え方は同じことだと思います。ただし、主催者も開会前のアナウンスだけで終わらせるのではなく、報道関係者には腕章を貸与する、あるいは録音機のチェックを入口で行うなどするとともに、厳重に監視する態勢を作ってほしかったと思います。逆に、これだけの情報化時代ですから、この素晴らしい事業を報道機関からだけではなく、多くの市民がブログなりで公表してくれるということを考えてもよいのではないでしょうか。

さて、傍論は措いて、最初に、元鳥取県知事で慶応義塾大学の片山善博教授の「広域連携による地域づくり」をテーマにした講演がありました。

政策においても何事においても同じことだが、それぞれには目的(ミッション)があるはずだと話されました。「何のために」その事業が必要であるのか、その事業の「究極の目的」が何であるのかが大切であるということでした。

また、長野県の田中康夫元知事が、脱ダム宣言で一躍有名になったことは有名ですが、それよりも前に片山元知事が鳥取県でダム建設を中止し、河川改修に転換したことも明かされました。

現在、滋賀県と彦根市周辺との間で軋轢のある芹谷ダムを意識してのことか、河川改修に転換することのほうが、経済的であり十分であったことを述べられました。ただし、このことは「100年に一度の洪水」に対処するためだという検証できないスパンの課題ですから、どちらが正しい選択であるのかは分かりませんが。しかし、誰しも次善の策でしか財布の余裕がないことがあります。そのツケを求めてもよいのかどうかが大切なのだと思います。そこに利権が隠れているとすれば問題であることは言うまでもありませんが。

「三位一体改革」や「構造改革」という言葉が躍った時代があったことにも触れられました。

「どのような改革」であるのかという「本質」を語らずして「言葉」だけが先行する危うさについての話題でした。

また、平成の大合併施策についても話されました。霞ヶ関は自治体の数が減ることによって補助金などが削減できるであろうことを期待し、一方、地方自治体では合併特例債による収入増を期待していた。まず、入口から考えている方向性が違うわけです。

このことに関連して、質疑応答の中で、この合併特例債の国庫負担は、いずれ財政に悪影響を与えるのではないかとの質問がありました。これに対して、講師は現在の歳入減少の中ではどうなるのか分からないとしつつも、危ないことであることを話されました。

よく、国家であれ、自治体であれ言われ続けていることですが、公債の発行は「今しかできないことについての投資的なものであるわけであるから、心配はない」と。しかし、それは、経済が間違いなく右肩上がりで成長し続けていくという前提に立ったものでなければ成立する理屈ではありません。既に経済が低迷期を迎えていた時代にこのシステムを考え出し、実践し続けた政府やそれを支えた官僚には重い責任があると思います。

特に、政権交代が実現した後の国会論戦の中で、税収の落ち込みから国債依存率の高さについて追及する前政権政党がありますが、自分たちが作り出した負の遺産を追及の手段にしていることへの反省のなさには、ほとほとあきれてしまいます。

その後、彦根市の藤井副市長から、湖東定住自立圏についての説明がありました。

最後は、意見交換ということで、地域の連携についての発表がありましたが、もっと参加者からの疑問や提案を受けられる時間を設けてもらいたかったのが実感です。

今や、多くの国民は政治の転換点を実感する中で、政治への監視をし続けているのだと思います。
私たち議員も同様に、真に国民・市民に目と耳と心を向け続ける弛まぬ努力を続けていく必要を感じた一日でした。



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